名建築に学ぼう

前川國男邸につづいての課題は「名建築トレース」です。

指定された3つの建築から1つを選び、図面と模型で表現します。

手描きであれば、レイアウトやパース(透視図)のアングル、表現手法などもすべて自由。

名建築の空間構成を学びながら、「その建築に最もふさわしいプレゼンテーション」を考えるのがこの課題の目的です。

 

課題となった3つの名建築を、学生の優秀作品とともに紹介します。

1つ目は「バルセロナ・パビリオン」(1929)。

モダニズムの巨匠ミース・ファン・デル・ローエが設計した、バルセロナ万博ドイツ館です。

薄い壁が散り散りに配置され、部屋と部屋の境界、内と外の境界がハッキリしない空間が特徴です。

障子やフスマで仕切られた開放的な和風建築に慣れた日本人にはあんまりピンとこないかもしれませんが(笑)、部屋らしい部屋がなくズルズルとつながる空間は、当時の西洋ではとても斬新なものでした。

 

この優秀作品は鉛筆画ですが、遠目では写真に見間違えるぐらいリアルなパースです。

紙面のレイアウトも効果的で、水平に低く伸びるバルセロナ・パビリオンの特徴が巧みに表現されています。

 

©Kim Eriksson
©Kim Eriksson

バルセロナ・パビリオンは第一次世界大戦の敗戦国ドイツが、新生ワイマール共和国としてのメンツにかけて建設したモニュメントでした。

そのためオニキスや緑色テニアン大理石といった超高級石材をふんだんに使い、同時期のミース作品と比べても床面積あたりの建設費は14倍に及んだそうです。

「神は細部に宿る」はミースの有名な格言ですが、言葉の通り妥協のないビシッとしたディテールが気持ち良い建築ですこれだけの高級素材を使っても全く成金趣味に見えないのは、それだけデザインがキマっているということかもしれません。

 ちなみにこのバルセロナ万博の終了間際、アメリカで大恐慌が起こります。買い取りたいという声が多数上がるも金額の折り合いがつかず、一度は取り壊されたバルセロナ・パビリオンでしたが、1986年に再建されます。

 

2つ目はアルド・ファン・アイクの「クレラー・ミュラー彫刻パビリオン」(1965)。

コンクリートブロック造の壁にガラス屋根を架けただけのシンプルなパビリオンですが、壁と壁の間から彫刻が見えたり、直線と円弧の壁によって空間がしぼんではふくらんだりと、単純な構成の中に多様な場所が生まれています

 

この優秀作品は、なんといってもA2用紙いっぱいに描かれたパースが圧巻でした。

鉛筆で細かく描きこまれたコンクリートブロックが、生々しい存在感で迫ってきます

 

©Alex Hoekerd
©Alex Hoekerd

アルド・ファン・アイクは、ミースより30年ほど後の時代に活躍したオランダの建築家です。

他の2人に比べると知名度では劣りますが、近代的な工法や材料を使いながらもどこか日常的で親しみやすい作品を作る建築家です。特に「ハーグの教会」は、この彫刻パビリオンと同じ円弧と直線のブロック壁を用いた名建築として知られています。


3つ目は安藤忠雄の「水の教会」(1988)。森の中に置かれた十字架を望む、屋内外が一体となった空間が特徴です。

幅15mを超えるガラス窓は電動開閉式になっており、十字架の置かれた外部空間と教会の内部空間が文字通り一体化します。

この優秀作品は水彩でのプレゼンテーションでした。

あえて使う色味を限定し、周りの木々から打放しコンクリートまで全てをブルートーンでまとめたことで、静謐な雰囲気が伝わってきます。美しい・・・。

冒頭に「その建築に最もふさわしいプレゼンテーション」を考えるのがこの課題の目的だと書きました。

建築の感じ方は人それぞれです。例えば水の教会をみて「森にたたずむ静かで優しい建築だ」と感じる人もいれば、
「自然と対峙する力強く狂暴な建築だ」と感じる人もいるでしょう。(どちらの側面もあると思います。)

大切なのはその解釈の是非よりも、自分がその建築に感じたことを真っ直ぐに表現できたかどうか
学生たちの作品を見ていると、同じ題材のはずなのに全く別の建築に見えてくるのが、この課題の面白いところです。

さて、これら3つの名建築はどれも直線や円弧などのシンプルな要素によって構成されていました。この構成要素を抽出し、自分だけのオリジナルな空間をつくる「習作」が次なる課題です。

言ってしまえば名建築の「マネ」をして好きな空間をつくりなさい、という設計の入門編なのですが、これが意外に奥深い。どんな作品になるか、今から楽しみです。